Linuxでネットワーク機器をクローンしてシミュレートする方法

目的と想定読者
このガイドは以下の用途を想定しています。
- ネットワーク負荷試験(ストレステスト)
- 監査や運用テスト(監視設定の検証)
- ネットワーク機器の障害シナリオ検証
想定読者: ネットワークエンジニア、システム管理者、監視運用担当者。
重要用語(1行定義):
- SNMP: ネットワーク機器の監視・管理プロトコル。
- snmpwalk: SNMPエージェントからOIDツリーを取得するコマンドラインツール。
主要ステップ(概要)
- SNMPシミュレータのインストール
- 物理機器からSNMPレコードを抽出
- シミュレータにデバイスを追加
- シミュレーションを開始し監視ツールへ登録
前提条件とツール
- 32/64ビットLinux(SuSE、RedHat Enterprise、Debianなど、i386/x64アーキテクチャ)
- TCP/IP接続
- Java 1.6以上(JRE/JDK)
- NET-SNMPツール
- Verax SNMP Agent Simulator
- ネットワーク監視ソフト(Zabbix、Nagios、PRTGなど)
注意: Javaのパスやネットワークインターフェース名(例: eth1)を正しく設定する必要があります。
STEP 1: SNMPエージェントシミュレータのインストール
- Verax SNMP Agent Simulatorをダウンロードして解凍します(例: vxsnmpsimulator-1.3.1.zip)。
- 推奨インストール先: /usr/local/vxsnmpsimulator
simulator.conf
を作成し、/etc/verax.d/
に置きます。simulator.conf
を開き、SIMULATOR_HOME
をインストールディレクトリに変更します。
SIMULATOR_HOME="/usr/local/vxsnmpsimulator"
- 同じ
simulator.conf
でJRE_HOME
をJavaの場所に設定します。
JRE_HOME=/usr/local/java/jdk1.6.0_14/bin/
- 使用する物理インターフェース名(例:
eth1
)を確認します。シミュレータはエイリアス(例:eth1:0
)を作成します。主インターフェースが存在する必要があります。
PRIMARY_INTERFACE='eth1'
simulatord
ファイルを/etc/init.d
にコピーします。- 実行権限を付与します:
chmod +x /etc/init.d/simulatord
chmod +x /usr/local/vxsnmpsimulator/conf/stop
chmod +x /usr/local/vxsnmpsimulator/conf/vlan_up
chmod +x /usr/local/vxsnmpsimulator/conf/vlan_down
重要: ポート161(SNMP)はデフォルトで使用されます。他プロセスと競合しないように確認してください。
STEP 2: 物理機器からSNMPレコードファイルを抽出する
- 物理機器のOIDツリーを取得するために
snmpwalk
を使います。net-snmp
ツールをインストールしてください。
yum install net-snmp-utils
- SNMPレコードファイルを生成するコマンド例:
snmpwalk -On -Oe -OU -v2c -c public address > [destination folder]/filename.txt
実例:
snmpwalk -On -Oe -OU -v2c -c public 192.168.100.8 > /root/cisco-snmprecordfile.txt
この例では、192.168.100.8
が実際のCiscoスイッチのIPです。生成された cisco-snmprecordfile.txt
には実機のOIDと値が格納されます。後でシミュレータの simulator/device
ディレクトリに配置します。
注意: SNMPコミュニティ文字列(上の例は public
)やバージョン(v1/v2c/v3)を実環境に合わせて指定してください。SNMPv3を使う場合は認証・暗号化設定も必要です。
STEP 3: シミュレータにデバイスを追加する
vxsnmpsimulator/conf
ディレクトリに移動し、devices.conf
を編集します。- 新しい
レコードを追加し、先ほど生成したファイルへのパスと仮想IPを指定します。仮想IPは実ネットワーク上で割り当て可能な未使用アドレスにしてください。
例:
注意点:
ip
はシミュレータが割り当てる仮想アドレスです。- 実際の監視対象と重複しないようにしてください。
STEP 4: シミュレーションの開始と管理コンソールの使用
- まずポート161が空いていることを確認します。占有しているプロセスがあれば停止してください。
- シミュレータを起動します:
service simulatord start
- 管理コンソールを開きます:
service simulatord console
管理コンソールは接続情報を尋ねます。デフォルトでは同一サーバ上で稼働するため、プロンプトに
y
を入力して接続パラメータ(127.0.0.1:43500)で接続できます。SHOW
コマンドでシミュレート中のデバイス一覧を確認します。
成功: これで 192.168.160.34
に対して監視ツールから通常のSNMPエージェントとして問い合わせができます。
最終: 監視システムにシミュレート機器を追加する
- シミュレータが起動していることを
SHOW
で確認します。 - お使いの監視システム(Zabbix、Nagios、PRTGなど)で新規デバイスとして追加します。IPはシミュレータに設定した仮想IPを指定します。
- SNMPのバージョン、コミュニティ文字列、ポーリング間隔などを実運用に合わせて設定します。
動作確認: 監視画面でポーリングが成功し、メトリクスが表示されれば完了です。
代替アプローチとツール
- snmpsim: Python製のSNMPシミュレータ。軽量でスクリプト運用に向く。
- CiscoのIOSシミュレーション(GNS3やEVE-NG): 実機イメージをエミュレートしてより忠実な挙動を再現する場合に有効。
- 商用製品: Verax以外の商用ソリューションも存在し、GUIやサポートを重視する場合はこちらを検討する。
選択のヒント: スケール(多数デバイス)、セキュリティ(SNMPv3対応)、管理性(Web GUIやAPIの有無)で比較してください。
いつこの方法が失敗するか(制限事項)
- 実機固有の非SNMP的挙動(CLI操作、ハードウェア固有イベント)は再現できません。
- SNMPv3の複雑なトークンやACLによる制約は追加設定が必要です。
- ネットワークレイテンシやパケットロスを実際の環境と同じように再現するには追加ツール(netem等)が必要です。
- 大規模なネットワーク全体を忠実に模倣するにはリソース/スクリプト作成の工数がかかります。
ミニメソッド: 現場での一連の流れ(短い手順書)
- 監視対象のSNMP設定(コミュニティ/ユーザ/バージョン)を確認。
snmpwalk
でレコードを取得しファイルを保存。- シミュレータにファイルを配置し、
devices.conf
に仮想IPで登録。 - シミュレータ起動 → 管理コンソールで確認 → 監視ツールへ登録。
- 監視の正常性(ポーリング成功、メトリクス取得)を検証。
役割別チェックリスト
- ネットワークエンジニア:
- 物理機器のSNMP設定確認
- ネットワークIPレンジの割当を決定
- システム管理者:
- Java、net-snmpのインストール
- シミュレータのインストールとサービス登録
- 監視運用担当:
- 監視ツールへの登録とテンプレート適用
- アラートとトリガーの検証
テストケース / 受入基準(KPI)
- SNMP GET/GETNEXT/GETBULK が成功する(監視ツールからのポーリング成功)。
- 主要OID(CPU、メモリ、インターフェース状態など)が期待値で返る。
- 複数同時ポーリングによる負荷に耐えられる(監視間隔でエラーがない)。
- シミュレータ再起動後も設定が永続化される。
テスト手順の例:
- 監視ツールからOIDをポーリングし値を取得できるか確認。
- SNMPコミュニティを変更して監視ツールが失敗することを確認(アクセス制限の検証)。
- 高頻度ポーリングでの応答性を確認。
セキュリティ強化と運用上の注意
- 本番ネットワークに接続する場合、SNMPコミュニティ文字列やSNMPv3認証を適切に設定する。
- シミュレータの管理ポート(例: 43500)は信頼できるネットワーク内に限定するか、ファイアウォールで保護する。
- 仮想IPが誤って既存機器と重複しないよう管理する。
- ログと監査トレイルを有効にして変更履歴を追跡する。
リスクマトリクス(簡易)
- IP重複: 高リスク → 事前にIPアドレス管理で確認、DHCP範囲外を利用
- 誤設定による監視アラートの乱発: 中リスク → ステージング環境で検証
- 情報漏洩(コミュニティの流出): 高リスク → SNMPv3の利用、アクセス制御
移行と互換性のヒント
- シミュレータに取り込むsnmpwalk出力はベンダ依存のOID差に注意。ベンダ固有MIBを必要に応じて取り込む。
- SNMPv1/v2cからSNMPv3へ移行する場合は、認証方式(MD5/SHA)と暗号化(DES/AES)の設定を計画する。
1行用語集
- OID: 管理情報ベース(MIB)の各項目を一意に識別する番号。
- MIB: 管理情報ベース。デバイスが公開する管理情報の定義セット。
まとめ
この手順に従えば、実機のSNMPデータを取り込み、Linux上のシミュレータでその機器を再現できます。監視設定や障害検証、性能試験に便利です。スケールやセキュリティ要件によっては他のツール(snmpsimやネットワークエミュレータ)と組み合わせて運用することを推奨します。
重要: 実機と同等の動作を完全に再現するには限界があります。目的に応じてエミュレータ選定とテストケース設計を行ってください。
参考テンプレート: 監視追加チェックリスト(短縮版)
- 仮想IP: __
- SNMPバージョン: v2c / v3
- コミュニティ/ユーザ: __
- ポーリング間隔: __
- 期待OID一覧: __
- 合格条件: ポーリング成功、主要OID一致、アラート閾値テストクリア